文芸評論家のミチコ・カクタニは、カズオ・イシグロの作品のうち『日の名残り』を絶賛し、『わたしたちが孤児だったころ』酷評した。作品としての完成度が低いというようなことを書いていたと思う。
難しいことはわからないけど、私は「わたしたちが孤児だったころ」に強く惹かれる。
主人公は私とは似ても似つかない境遇にあるのに(1990年代初め、上海の租界で暮らしていたクリストファーは、両親の謎の失踪により10歳で孤児となった)、私も孤児のようなものだったのかもしれないと思えてくるのだ。
カズオ・イシグロは以前「自分が小説を書くのは、読者と感情を分かち合うためだ」と言っていた。感情と言っても、おそらく表面的なものではなく、深い心の動き。だとすると、私には『わたしたちが孤児だったころ』も他の作品と同様に成功していると思える。