カズオ ・イシグロ 「チェリスト」

 一流の音楽教育を受けたティボールが、自称大家の女に騙されてしまった理由を、いつか読み解きたい。なぜなら、ティボールは私で、自称大家の女は私の母にそっくりだから。インチキ大家に絡め取られて、音楽家人生を棒に振ってしまったティボールを、愚かだと嗤うことはできない。

 書評家のミチコ・カクタニは、「チェリスト」が収録されている『夜想曲集』に関して、「自分の才能や人生と向き合ってこなかった者たちの物語だ」と語っていた。自分の人生と向き合うのは簡単なことではないので、つい流されてしまう。そうならないために、なにが必要か。