淡きこと水の如し

アリス・マンローの小説『ジュリエット』さながらに、不意打ちのように子どもから捨てられた私は、生きる気力をなくしていた。

スマホでメールチェックするたびに、息子の「あなたに会う気はない」という文言が目に飛び込んできて、胸が締め付けられた。

小さい頃、なんでも私に話してくれた息子。私の話もよく聴いてくれた。あの幸せな時間はもう戻ってこない。

大人になった息子は、どこかの誰かと楽しく会話をしていて、もはや私など必要ないのだろう。

それでいい。私には、文学がある。文学の言葉を通して、会えなくなった人たち(中原中也など)と交信していた大岡昇平を見習おう。でもいったい誰と?

 

そう考えていた時、ずっと連絡の途絶えていた釧路の友人からラインが届いた。彼女はガラケー一筋だったから、突然のラインに驚いた。なんというタイミングだろう。

彼女は軽い元ヤンだが、文学に詳しく、批評性を持った人だ。国会中継をラジオで聞き、社会について自分なりの考えを持ち、それを端的に言葉で表現できる。私の学生時代の友人たちよりずっと知的で、尊敬している。それになにより、彼女との会話は面白く、30年以上経った今でも、交わした言葉をたくさん思い出せる。

彼女は素晴らしい人だから、友人も多く、みんなから慕われている。私はその中の一人に過ぎないが、彼女と私だけが知っている記憶と言葉がある。だから、どんなに遠く離れていても、もう二度と会えなくても、ずっと繋がっていられると勝手に思っている。